妻、「開けるの?」
私、「うん」
妻、「何も無かったら、どうするの?」
私、「どうもならないよ」
妻、「開けるのに、いくら掛かるの?」
私、「ヤッてみないと分からないらしい」
妻、「うちに、お金なんて無いでしょ」
私が開けようとしているのは、昔から家にある金庫のカギ。
ある日の朝
私、「早く帰って来るんだよ」
子供、「どうして?」
私、「今日、金庫を開ける業者さんが来るから」
子供、「業者さんって?」
私、「鍵屋さんだよ」
子供、「鍵屋さんなんて、いるの?」
小学生の子供は、鍵屋さんという職業があることを知らない。
オッサンの私でさえ、鍵屋さんの世話になったことは一度もないのだから、小学生の子供が鍵屋さんの存在を知らないのは無理もない。
子供が息を切らして学校から帰って来たのは、自宅の前に【鍵】と書かれた車が停まっていたから。
子供が「ただいま」と言わなかったのは、鍵屋さんが金庫のカギを開けるのを近所の人達が沢山見に来ていたから。
狭い家に沢山の人は入れられないと、家に入れない人は、庭で金庫が開くのを見守った。
祖父、「昔は、うちにしかテレビが無かったから、こうやって多くの人がテレビを見に来たな」
子供、「昔はお金持ちだったの?」
祖父、「・・・」
祖父が黙ったのは、うちが貧しくなったのは、祖父の事業が失敗したから。
鍵屋さんが金庫に手を伸ばすと、家に集まった沢山の人は静かになった。
祖母、「お茶を用意したほうが良いわね」
私、「まだ、始まったばかりだから、お茶は出さなくて良いよ」
祖父、「お茶を用意するのは、家に集まった人にだよ」
祖母らが近所の人にお茶を振る舞うと、その様子を祖父は嬉しそうに見ていた。
鍵屋さん、「開きました」
金庫の扉を開けたのは祖父。
しかし、金庫の中に金目のモノが無いと分かると、集まった近所の人達はガッカリして帰って行った。
金庫の中にあった写真には、テレビを見に集まった人達に、お茶を振る舞う若かりし頃の祖母が映っていた。